ファブレス企業とは?円高局面で注目のビジネスモデルと代表事例を解説

メガチップス

半導体やエレクトロニクス業界では構造変化が進み、製造拠点のグローバル化に伴い企業の為替感応度が高まっています。特に円高(円の価値上昇)の局面では、海外生産比率の高い企業の業績への影響が大きくなります。

こうした中で、自社工場を持たずに製品を展開する「ファブレス企業」が投資家から注目を集めています。製造を外部に委託するビジネスモデルは、円高進行時にどのような強みを発揮するのか、本記事ではその構造と代表的な事例について解説します。

ファブレス企業とは?製造を持たずに戦う構造

ファブレス企業とは自社で工場や生産設備を持たず、主に製品の企画・開発・設計に特化して製造自体は外部の専門メーカー(ファウンドリなど)に委託する企業のことを指します。

半導体業界ではこのモデルが広く浸透しており、巨額の設備投資を伴う製造工程は外部に任せることで、自社は設計力や製品開発に経営資源を集中できます。
また設備投資の負担を軽減できることで財務効率が良くなり、市場環境の変化に応じた経営判断もしやすいことが特徴です。

代表的な製造委託先としては、世界最大の半導体受託製造企業である台湾のTSMC(台湾積体電路製造)や韓国のSamsung Electronics(サムスン電子)などが挙げられます。

半導体業界における主要なファブレス企業

半導体業界では、NVIDIA(エヌビディア)、AMD(エーエムディー)、Qualcomm(クアルコム)などの主要企業がファブレスモデルを採用しています。

これら北米発の半導体企業は自社でチップの設計を行い、実際の製造はTSMCやSamsungといったアジアのファウンドリに委託する構図が一般的です。

例えば、高性能GPUを設計するNVIDIAは自社工場を持たず、最先端プロセスでの製造をTSMCに依存しています。またGPU分野でNVIDIAと比較されることの多いAMDも、7nm以下の先端プロセスの製品はTSMCにウェハ生産を委託しています。

2024年のJETRO(日本貿易振興機構)のレポートでは、世界の半導体製造装置輸入総額に占める台湾の構成比は26.5%。先端ロジック半導体分野では設計能力(ファブレス)は米国に集中し、製造能力(ファウンドリー)は台湾に集中している状況です。

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円高局面で浮上するファブレス企業の優位性とは?

円高局面では、製造を海外に委託しているファブレス企業にはいくつかの優位性が生じます。

・為替差益の享受
製造コストの多くを外貨で支払っている場合、円高によって同じ外貨建てコストを円換算した際の支払額が減少します。その結果、為替差益が生じ、コスト低減による利益押し上げ効果が期待できます。

・利益率の改善
円高により海外での製造コストが円換算で低下するため、売上に対する原価率が下がります。例えば輸入原材料費や部品調達費が安くなり、製品の売上総利益率が向上します。

・為替リスクと受注調整の柔軟性
自社工場を持たないため、生産拠点や調達先を柔軟に変更できる点も強みです。為替変動や需要変化に応じて、発注先の国や地域を切り替えることで最適なコストを追求できます 。この機動的な対応力は、急激な為替変動局面でも業績への影響を緩和するのに有効です。

一般的に円高は輸出企業には向かい風ですが、海外生産比率の高いファブレス企業にとっては上記のような観点から相対的に追い風となり得るのです。

ファウンドリとファブレス企業の関係性~TSMCの存在感~

世界の半導体生産を支えるファウンドリ企業の中で、TSMCの存在感は突出しています。TSMCは世界最大のファウンドリとして、Apple、NVIDIA、AMD、Qualcommなど名だたるファブレス企業を主要顧客に抱えています。

TSMCの地域別売上高を見ると、北米の顧客向けが全体の約7割を占めており、米国のファブレス企業群に強く依存した収益構造となっています。ファブレス企業とファウンドリは共存関係にあり、TSMCにとってもこれら顧客の成功が自社の業績を左右します。

近年は米中対立など地政学リスクが半導体サプライチェーンにも影を落としていますが、ファブレス企業は自社で工場を持たない分、こうしたリスクへの対応に柔軟性があります。例えば、米国政府が先端半導体の輸出規制や生産拠点の分散を促す中で、ファブレス企業は必要に応じて委託先を台湾以外の地域(韓国や米国内など)にシフトすることも可能です。

実際、TSMC自身も米国や日本に新工場を建設中であり、ファブレス各社は将来的にそれら新拠点を活用することで、地政学リスクや為替変動への耐性を高めようとしています。

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日本のファブレス企業と円高によるメリット

日本企業の中にも、海外委託比率が高い「実質ファブレス」型のビジネスモデルを採る上場企業があります。円高局面では、こうした企業は調達コスト低減による利益面の構造的優位性を発揮しやすく、投資家から注目されています。

以下では、日本企業の事例としてトランザクション、サンゲツ、メガチップス、任天堂の戦略と円高影響について見ていきます。

トランザクション(7818)

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雑貨や生活用品を手掛けるトランザクション(東証プライム: 7818)は、典型的なファブレス経営で成長してきた企業です。

同社は「こんなものがあったら便利」をコンセプトに自社で商品企画・デザインを行い、海外の協力工場を通じて安価で大量に生産・調達して国内販売する独自モデルを構築しています 。
自社で工場を持たない分、幅広い海外サプライヤー網を確保しており、生産面では複数の生産拠点を使い分けて為替変動や原材料価格の変動に機動的に対応しています 。

例えば為替が大きく変動した際には、生産国や発注ロットを柔軟に調整することでコスト最適化を図っています。こうした体制により、2025年8月期第1四半期も増収増益を達成しており、円安進行下でも価格転嫁や効率化で利益を確保しました。

今後円高が進めば、調達コストの円建て負担が軽くなる分、利益率のさらなる改善が期待できます。トランザクションは設備投資負担が小さいビジネスモデルゆえに高い自己資本比率を維持しており、財務の安定性も兼ね備えています。円高メリットと独創的な商品開発力を武器に、引き続き高収益成長を目指す方針です。

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サンゲツ(8130)

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内装材大手サンゲツ(東証プライム: 8130)は、壁紙、床材、カーテン、椅子生地といった多岐にわたるインテリア商材の企画・開発・販売を手掛ける企業です。

自社で大規模な生産設備を持たず、製品ごとに最適な国内外の協力メーカーに製造を委託する「ファブレス」経営を採用していることで知られています。

同社の2025年3月期 第3四半期(2024年4月1日~2024年12月31日)の決算短信によると、売上高は前年同期比5.2%増の1,472億99百万円となり、第3四半期累計としては過去最高を記録しました。

これは、主力の国内インテリア事業において、付加価値の高い戦略商品の販売強化や、仕入コスト上昇に対応するための価格改定(値上げ)を着実に実施したことなどが主な要因です。

為替変動の影響について、サンゲツは海外から原材料や製品を調達しているため、円安局面では仕入コストが増加する傾向にあります。上記の通り、同社はコスト上昇に対して価格改定等で対応を進めてきた実績があります。

今後、仮に円高が進行する局面となれば、一般論として、海外からの調達コストが円換算で低減するというメリットが考えられます。これは、同社の利益要因となる可能性があります。

メガチップス(6875)

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メガチップス(東証プライム:6875)は、大阪に本社を構え、身の回りにある様々な機器に搭載されるシステムLSI(大規模集積回路)や特定用途向け半導体(ASIC)の設計・開発・販売を主力事業とする企業です。

通信インフラやFA(Factory Automation)など、特定の市場や顧客の要求に応じたカスタム性の高い半導体ソリューションを提供することに強みを持っています。

同社は、半導体業界における「ファブレス」企業の代表格です。設計・開発した半導体の実際の製造は、台湾のTSMCのようなファウンドリに委託しています。

このビジネスモデルにより、数百億円から数兆円規模の莫大な投資が必要となる最先端の製造設備を持つことなく、常に最新の微細加工技術を利用した高性能な製品を市場に投入することが可能です。

ファブレス経営を行うメガチップスにとって、円高は主に製造コスト面でメリットをもたらします。海外ファウンドリへの製造委託費用は、一般的に米ドル建てで決済されるため、円高になると円換算での支払いコストが直接的に減少します。これは製品の原価低減に繋がり、利益率の向上に貢献します。

また、海外製の半導体設計ツール(EDA)のライセンス費用なども、円高局面では相対的に割安になる可能性があります。一方で、海外顧客への売上も一定程度あるため、円高は売上の円換算額を押し下げる要因にもなりますが、製造委託費という大きなコスト項目で円高メリットを享受しやすい事業構造と言えるでしょう。

任天堂(7974)

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任天堂(東証プライム:7974)は、京都に本社を置き、世界中の人々にエンターテインメントを提供し続ける企業です。「Nintendo Switch」のような革新的な家庭用ゲーム機や、「スーパーマリオ」「ゼルダの伝説」「どうぶつの森」といった数々の人気ゲームソフトの開発・販売を手掛けています。

独創的なアイデアと魅力的なキャラクター、そして世代を超えて楽しめるゲーム性で、グローバルに強力なブランド力を確立しています。

同社は典型的な「ファブレス」経営を採用しています。特に、ゲーム機本体やJoy-Con™などのハードウェア製造に関しては、自社で大規模な生産工場を持たず、その多くを海外のEMS(電子機器受託製造サービス)と呼ばれる専門企業に委託しています。

このようなビジネスモデルのため、為替変動、特に円高は任天堂の業績に大きな影響を与えます。円高のメリットとしては、海外EMSへの生産委託費や、製品に使われる部品の調達コスト(多くは米ドル建て)が円換算で減少することが挙げられます。

一方で、任天堂は売上高の約8割を海外で上げており、円高が進むと、海外で稼いだ売上や利益を日本円に換算する際に金額が目減りしてしまう(為替差損)というデメリットも存在します。

したがって、円高局面においては、コスト削減メリットと為替差損の影響のバランスが、最終的な利益を左右する重要なポイントとなります

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ファブレス企業の成長性と注目理由

ここまで解説してきたようにファブレス企業は為替変動、とりわけ円高局面を追い風にできるビジネスモデルを備えています。

自社工場を持たないことで、円高時には調達コスト低減メリットが直接利益に貢献しやすく、不況期でも身軽な経営が可能です。

また設備投資負担を抑えて研究開発やマーケティングに資金を振り向けられるため、高い成長性を維持できる点も投資家にとって魅力です。実際、日本経済においても無工場型の製造企業は生産性や利益率が高いとの調査結果があり、「稼ぐ力」の強い企業形態として注目されています。

円高・円安といった為替の波を巧みに乗りこなしつつ、柔軟なサプライチェーン戦略でグローバル展開できるファブレス企業は、投資の文脈でも引き続き重要な存在となるでしょう。

経営者にとっても、自社の強みである企画・設計力に集中しつつ、必要な製造機能は外部資源を活用するという発想は、持続的成長を目指す上で有力な選択肢となり得ます。

円高局面でその真価が問われるファブレスモデルは、今後ますます脚光を浴びると期待されます。